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「クレクレ志向」と「くれない志向」を思考する!

このような人に出会ったことはありませんか?

わたしは、このことについてとてもよく知っていて理解しているので、わたしを活用してくれたらきっと役に立つのに、上司はそれについて理解しているのかいないのかわからないけれど、活用してくれない...。それってとても悔しく、憤懣ふんまんやる方ない。

また、次のような方もいます。

わたしは、ストレスのせいか仕事に行くことがつらいけれど、それでもがんばって仕事に来ていたのに、上司はそのことをわかってくれていなかった。がんばって仕事に来ても、周りの人々に迷惑をかけてしまうことが多く、申し訳ないと思っているのに、そのことに気づいてくれない上司のパフォーマンスに傷ついた。

クレクレ星人とくれない族

皆さんは「クレクレ星人」とか「くれない族」という言葉を耳にしたことがありますか?

 

いつも「〇〇をクレクレ、〇〇をください」。

何かというと「〇〇してくれない」という言葉が口ぐせの「クレクレ星人」と「くれない族」。一昔前に流行った言葉ではありますが、今や世代を超えて数多あまたそのような人々の生存が確認できます。

 

仕事関係でいえば、先に紹介したように「わたしのことを見ていてください、気にしてください、わかってください、認めてください(承認欲求)」「上司や職場の同僚はわたしのことを評価してくれない」「わたしの成果を認めてくれない、ほめてくれない」と何かとすねる人もいますね。

 

「クレクレ・くれない志向」の背景には、プライベートな関係かビジネス関係なのかの区別は多少なりとも理解しているものの、結局は潜在的に存在する自己不安と自己への不満が関係している可能性があります。それが相手に頼ろうとする「強い依存心」となっているのかもしれません。それが相まって、自分へなんらかの提供を期待したい人々への要求行動となります。

自己中心的な弾頭ミサイル

その内容とレベルは、理路整然とはいいがたい依頼や要求であることがほとんどかもしれません。

時としてこのパフォーマンスは、他人の気持ちを理解しない、他人の立場を無視した、自分のことしか考えない、自己中心的な弾頭ミサイルと化し、相手のパーソナルスペースの領海線を超え、相手を攻撃という形になってしまう場合があります。

それを通常「悲しい劇、つまり悲劇」と呼ぶのかな...それもヒロイン不在の。

不治の病のようなやっかいなもの

さて、多くのくれない志向を優先的にパフォーマンスする人は、自分が期待する相手が応えてくれないことに不満を感じます。

期待すべき、あるいは当然期待してもよいはずの相手だからこそ、「〇〇してほしい」という期待をかけるわけですね。

 

しかし、それが叶わないと「〇〇してくれない」「どうして〇〇してくれないのですか」という不満感情が生まれてくるのでしょう。

その人にとってこの不条理な感情は、放っておくとそのうち怒りや恨みにまで育ってしまうこともまれではなく、それは不治の病のようなとてもやっかいなものです。

相手のことを知る行動

皆さん、いつの間にかクレクレ志向、くれない志向が宿り、気がつくと相手に口を開けば「〇〇してください。〇〇してくれない」という言葉が目立つような自分になっていませんか?

 

「何もくれない」相手に対しては、そりゃあ「がっかり」するかもしれませんが、相手には相手の思惑や都合があるかもしれませんし、自分の期待といつも一致するとは限りません。

 

だとすれば、相手のことを知るために相手の思惑や都合も知る行動が必要ですね。自身の心に潜む相手への固い依頼心、強い依存心は捨てずに、期待する相手は自身であることを認識して、その依頼心と依存心を自身に向けることが大切ですね。

 

いずれにせよ、誰かが自分をどう成長させてくれるのかなんてことばかり気にしたら、つまらないですね。

"誰かが自分をどう成長させてくれるのか"ということばかり気にしたら、成長どころか退化してしまうかも知れません!

青年でも中年でも「~をしてくれない」と言い始めた時から、既に精神的な老化が進んでいる。それは危険な兆候だと思って、自分を戒めた方がよろしいかも知れません。他人が「~をしてくれない」と嘆く前に、自分が人に何かできることはないかと考えるべきです。

作家:曽野綾子

記:YM